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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9376号 判決

原告 松本治男

被告 久保清一 外七名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は原告に対し被告久保清一は別紙物件目録〈省略〉記載(一)の宅地につき東京法務局杉並出張所昭和二九年六月三〇日受付第一四〇七四号所有権移転請求権保全の仮登記にもとずく所有権移転の本登記手続をなすべし、被告吉田博は右本登記手続につき承諾をなすべし、被告佐藤栄子は同目録記載(二)の建物を収去してその敷地である同目録記載(一)の土地を明け渡すべし、被告三矢金吾、同岩崎はま、同田中勝治、同近藤幹雄、同須山司は各自同目録記載(三)の建物中同記載の各占有部分から退去してその敷地部分を明け渡すべし、訴訟費用は被告らの負担とするとの判決並びに建物収去・退去・土地明渡部分につき仮執行の宣言を求め、その請求原因及び被告吉田らの抗弁に対する答弁として次のように述べた。

(一)、訴外武井ナツは昭和二九年六月二六日被告久保清一に対し金三〇万円を弁済期同年八月二八日利息年一割八分の約で貸与し、被告久保は右債務を担保するためその所有に属する別紙物件目録記載(一)の土地(以下本件土地という)外一〇筆に抵当権を設定しかつ右債務を弁済期に弁済しないときは代物弁済としてその所有権を移転する旨代物弁済予約をし、同月三〇日右抵当権設定登記及び請求の趣旨記載の仮登記をしたところ、右武井は昭和三七年三月二日被告久保に対する右債権を抵当権及び代物弁済予約上の権利とともに原告に譲渡し、被告久保は即日右債権譲渡を承諾し、同年七月一一日原告は右抵当権及び代物弁済予約上の権利移転の付記登記を了した。そこで原告は被告久保に対し同年七月二〇日までに右債務の履行方を催告したが同被告はこれに応じなかつたから、原告は同月三一日同被告に対し右予約完結の意思表示をしたから、これによつて本件土地(外一筆)は原告の所有に帰した。よつてここに被告久保に対しては右仮登記にもとずく本登記手続を求める。

(二)、被告佐藤栄子は本件土地上に被告久保が所有していた別紙物件目録記載(二)の建物(以下本件建物という)を昭和三六年六月二六日被告久保から譲渡を受けてその所有権を取得したが、仮りにそのさい被告久保は本件土地を被告佐藤に右建物所有のために賃貸したとしても、原告の本件所有権取得は前記仮登記の順位までさかのぼるから被告佐藤は右賃借権をもつて原告に対抗し得ない筋合であり、その他同被告は本件土地上に本件建物を所有して土地を占有するにつき原告に対抗すべき正権原を有しないから、原告は被告佐藤に対し所有権にもとずき本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきことを求める。

(三)、被告三矢金吾、同岩崎はま、同田中勝治、同近藤幹雄、同須山司はいずれも原告に対抗すべき正権原なく本件建物中別紙物件目録記載(三)の各部分に居住し、その敷地たる本件土地部分を占有しているから、右被告らに対し各自本件建物中の各占有部分から退去し、その敷地たる本件土地の部分を明け渡すべきことを求める。

(四)、被告吉田博は昭和三五年七月九日被告久保に対し金二五万円を貸与したとして本件土地に抵当権を設定し、東京法務局杉並出張所同日受付第一七六四二号をもつて抵当権設定登記を了しているが、右は原告が本件土地につき前記仮登記にもとずく本登記をかすときは原告に対抗し得ないことは明らかであるから、ここに同被告に対し原告のする右本登記手続につき承諾を求める。

(五)、被告吉田同佐藤の主張事実中本件債権が弁済によつて消滅したとの事実は否認するが、その余の事実は認める。原告は武井から本件債権とその担保たる抵当権及び代物弁済予約上の権利の譲渡受けて被告久保に対し債務弁済方を催告したところ、同被告は土地はすでに宮田竜一に譲渡したから同人から弁済を受けてもらいたいとて応じなかつたので、原告は宮田に交渉し本件土地ほか一筆により代物弁済をすることとし、これを除くその余の九筆については抵当権及び代物弁済予約上の権利等を放棄し、前記競売の申立は取下げることにしたが、競落人松田不動産株式会社は競買保証金と同額の金一六万円の支払を要求して同意に応じなかつた。そこで宮田は右競売の申立は弁済により消滅したことを理由に取り消す以外方法のないことを知り、原告に対して被告久保が債務全額を弁済した旨一札書いてもらいたい旨懇願したので、原告がこれに応じて書いて渡したのが被告ら主張の乙第一号証の三上申書及び乙第二号証受領書である。すなわち原告は被告久保から右受領書記載の金五〇万円を受領したことはなく、たんに本件土地ほか一筆以外の九筆について抵当権等を放棄したに過ぎない。原告としては受領しない金員をあたかも受領したかのようにして競落許可決定を取り消させることに協力することは相当躊躇したが、宮田が競落人松田不動産から必らず競売申立取下につき同意書を取ると誓約したので前記書面を宮田に渡したのであり、宮田は松田不動産から右同意書を得て裁判所に提出したものである。

二、被告佐藤栄子訴訟代理人及び被告吉田博は主文同旨の判決を求め答弁及び抗弁として次のように述べた。

(一)、原告主張事実中訴外武井ナツが被告久保に対し原告主張の日時その主張の金員をその主張の約旨で貸与し、被告久保がその所有の本件土地ほか一〇筆につき抵当権設定及び代物弁済の予約をし、原告主張の各登記がなされたこと、武井が原告主張の日時本件債権を原告に譲渡したこと、被告佐藤が本件土地上に本件建物を所有すること、被告吉田が本件土地につき原告主張の抵当権を有し、その登記を了していることは認める。その余の事実は争う。

(二)、原告主張の被告久保に対する債権はすでに昭和三七年三月二日元金並びにそれまでの利息及び損害金の合計金五〇万円の弁済を得て消滅したものであり、原告は代物弁済によつて本件土地の所有権を取得し得ない。その経緯は次のとおりである。すなわち原告の前主武井は被告久保に対し前記抵当権の実行として本件土地ほか一〇筆につき東京地方裁判所に競売の申立をし、同庁昭和三五年(ケ)第一七四号不動産競売事件として係属、同年一月一九日競売開始決定あり同年二月二六日その旨登記がなされ、これに岩井忠治被告久保間の同庁昭和三六年(ヌ)第三〇〇号強制競売事件が添付され、手続進行の結果昭和三六年九月一九日訴外松田不動産株式会社が競落した。被告久保はその競落許可決定に対して即時抗告し、その却下決定に対して特別抗告する等の方法で確定を斜断し、その間に昭和三七年二月二八日本件土地ほか一〇筆は宮田竜一に、武井の債権は原告に各譲渡された。その上で右競売の取消をはかるため被告久保の名前で昭和三七年一〇月六日前記競売開始決定に対する異議申立をし、同庁昭和三七年(ヲ)第二〇二七号事件として係属し、その中で本件債権はすでに前記のとおり弁済により消滅していること、その不足金及び費用等一切は原告において放棄したことを主張し、その旨を記載した原告名義の受領証(乙第二号証)上申書(乙第一号証の三)を裁判所に提出して右事実を明らかにした。その結果同年一一月一五日同裁判所において右競売開始決定を取り消し、本件競売申立を棄却する旨の決定があつたのである。

(三)、原告の再抗弁事実は否認する。原告はその自ら認める乙第二号証受領書及び乙第一号証の三上申書を提出して競売開始決定取消、競売申立棄却の決定を得ながら、今日になつて右受領書等は書いたが金は受け取らないなどと申立てることは裁判所を愚弄するもので許されない。本件について原告らのした一連の行為はいわゆる競売屋の常套手段であつて、多分に詐欺的色彩の強いものである。

三、被告久保清一、同三矢金吾、同岩崎はま、同田中勝治、同近藤幹雄、同須山司はいずれも本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ答弁書その他の準備書面をも提出しない。

四、立証〈省略〉

理由

訴外武井ナツが昭和二九年六月二六日被告久保に対し金三〇万円を原告主張の約旨で貸与し、被告久保が右債務を担保するため本件土地ほか一〇筆に抵当権を設定しかつ原告主張の代物弁済予約をし、同月三〇日原告主張のとおりその旨抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記をしたこと、原告が昭和三七年三月二日右武井から右債権を抵当権及び代物弁済予約上の権利とともに譲り受けたことは原告と被告佐藤、同吉田との間では争なく、その余の被告らは明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

被告吉田、同佐藤は原告の債権は昭和三七年三月二日元金及び利息損害金合計金五〇万円の弁済を受けて消滅したものであるから、原告は右代物弁済によつて本件土地の所有権を取得するに由なきものであると主張する。よつて按ずるに成立に争ない乙第二号証は原告において昭和三七年三月二日金五〇万円を武井ナツから譲渡を受けた債権全額の弁済金として受領した旨の原告から被告久保にあてた受領証であり、これによれば右弁済の事実を認めるべきものである。これにつき原告は右乙第二号証はその内容虚偽であつて、事実は弁済を受けていないと主張するが、成立に争ない乙第一号証の一、三ないし五、右乙第二号証の各記載に当事者間に争ない事実をあわせれば原告の前主武井ナツから被告久保に対する本件土地ほか一〇筆について当庁に抵当権実行による不動産競売の申立がなされ(当庁昭和三五年(ケ)第一七四号、これに後に岩井忠治と被告久保間の昭和三六年(ヌ)第三〇〇号強制競売事件が添付される)昭和三五年一月一九日競売開始決定があり、手続進行の結果松田不動産株式会社が競落したところ、被告久保において右競落許可決定に対する即時抗告、その却下決定に対する特別抗告をなし、その間本件土地等は訴外宮田竜一に、本件債権は抵当権等とともに原告に譲渡された、そして被告久保の名義で右競売開始決定に対する異議が申立てられた(当庁昭和三七年(ヲ)第二〇二七号)、右事件において申立人として被告久保は本件債権がすでに前記のとおり弁済によつて消滅し、その余の不足金費用等は債権者たる原告において放棄した旨主張し、その証拠としてあらかじめ原告から作成交付を受けた右原告名義の受領証(乙第二号証)、上申書(乙第一号証の三)を裁判所に提出し、昭和三七年一一月一五日右事由にもとずき本件競売開始決定取消、競売申立棄却の決定を得ものであることを認めるに十分である。原告の主張するところは原告において右競売申立を取り下げようとしたのに競落人の同意が得られないので、これに代えて債権消滅を理由として被告名義で右競売開始決定の取消を求め、そのために自ら内容虚偽の右各書類を作成して裁判所へ提出もしくは提出せしめたというのであつて、これひつきよう相手方と通謀して虚偽の事実を申立て、裁判所を欺罔して実体にそわない裁判をなさしめたというに帰着するのであつて、その不当なるなることは明らかである。原告はさきには右受領証等は真実で債権は全額弁済を受けたと主張してその旨の裁判を得、今は右受領証等は実は虚偽で弁済は得ていないと主張してそれにもとずく裁判を得ようとする。このようなことはいたずらに裁判を戯画化するものである。原告はもはや本件において右主張はなし得ず、自らまいた種は自ら刈らねばならない。これ通謀虚偽表示の無効を善意の第三者に主張し得ないこと、自らある行為をしながらこれとむじゆんする主張をすることは許し得ないこと、なんぴとも自己の不法を理由として法的救済を求め得ないこと等々の原則に通じて存するもの、窮局においては社会生活の根本に横たわる信義誠実の原則によつてしかるのである。さらば原告は右弁済を否定し得ず、その債権は消滅したものというべきであるから、本件土地をその代物弁済によつて取得したことを前提とする原告の主張は失当である。従つて原告の被告佐藤、同吉田に対する請求は理由がないこと明らかである。

原告の被告久保に対する請求は前記仮登記にもとずく本登記の請求で右本登記については被告吉田の承諾もしくはこれに対抗することを得べき裁判を要するため、本件において原告は被告久保に対する本登記の請求にあわせて被告吉田に対して右承諾を求めているものであるが、被告吉田に対する請求を認容し得ないこと前記のとおりである以上、被告久保に対する本登記の請求も原告にして同一手続において訴求する限り、これを認容し得ないものと解するのを相当とする。

また被告三矢、同岩崎、同田中、同近藤、同須山は被告佐藤所有の本件建物中原告主張の部分をそれぞれ占有するものであつて、もつぱら被告佐藤の立場に依存し、同被告の主張を暗に援用しているものと解すべきことは本件弁論の全趣旨から明らかであるから、これらの被告らは原告主張のその余の事実を明らかに争わないものとすることはできず、これら被告に対する原告の請求の認容し得ないことは被告佐藤に対するのと同様である。

よつて原告の本訴請求を理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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